年下夫と結婚して若い子と不倫された『サレ妻』になった私の体験談
34歳のとき、私が働いてたアパレルの、隣のショップで働く6歳年下の男の子と結婚した。
当初は幸せだったが、わずか二年で、相手の不倫によって離婚した。
厳密にいうと、私は
不倫を確信はしていたものの、証拠をつかめないまま離婚に踏み切った。
相手を疑い、苦しい生活を一刻も早く終わりにしたかったのだ。
しかし、きちんと慰謝料をもらうことに成功した、という、
世の男性を困らせてしまうであろう成功体験を話したい。
本当に自己流な体験談なので、
必ずしも誰でもできるわけでは無いが、
自身に置き換えたときに「出来るかも!」という方がもしいれば、何かヒントになれば幸いだ。
まず、前提はこんな感じ。
夫 ・気が弱い性格
・慰謝料支払い能力は本人には無いが親にはあった
・この結婚に対して私の両親がたくさんお金を援助してくれていた
このことを踏まえた上で、
水面下で着々と離婚準備を進めて、慰謝料を勝ち取った。
噓つき、帰宅拒否症、不倫の疑い・・・夫が不倫に至った原因
まず、夫は精神が未熟で弱い人だった。
厳格な父親には物が言えず、
かたや過保護な母親に甘やかされ、
昔ながらの日本の家庭で、実家暮らしで何もできないまま私と結婚した。
結婚=共同生活になるし、私も正社員として働いていたので、
家事で揉めることは必然だった。
私はどうにか協力できたらと思い、話し合いをしようと、
一日の2人の家事の偏りを、
ひとつひとつ書き出して、『何にどのくらいの時間をかけてるか』
という内容をすべて書き出し、
それを見せながら、どう思うか話した。
私 | 夫 |
・買い物 30分 ・料理 30分 ・食事片付け 15分 ・掃除 15分 ・洗濯 20分 ・ごみ捨て 10分 | ・風呂掃除 5分 |
計 2時間 | 計 5分 |
ざっくりこういった内容を書き、
何なら夫に振れそうか?具体的に話そうとしたのだ。
怒ったりしたつもりも無く、自分では冷静に論理的に話したつもりであったが、
元々気の弱い夫は、
そのときから話し合いを避けるように、家に帰ってこない日が増えた。
ネットで調べると、まさに『帰宅拒否症』という状態。
家に怖いものが待ち受けてるから帰らないでおこうという病気だ。
そしてある日、夫の後輩の女の子から夜中に電話があり、
私も顔は知ってる子で、新卒の若い女の子だった。
そこで何か怪しいな・・・という引っ掛かりがあって、
その後、小さいウソをたくさんついていることが解り、
不倫をしてるかもしれないな、ということに確信を深めていくようになった。
私はすごく鈍いという自覚はあるが、
そんな私にも一応出現した最初で最後の『女の勘』だった。
ちなみに最近知ったが、杏と東出昌大夫婦も、杏からの演技のアドバイスが東出昌大には負担で、家に帰らなくなり、不倫してしまっていた、という説があり、「追い詰められた男は逃げる」という、我が家と同じパターンだったのだ。妙な親近感を覚えた。
せっかく結婚できたのに、離婚をしようと決断した私の思考
そういえば結婚前に、夫から
カメレオン?みたいな爬虫類を飼ってる、という
必要の無いウソをつかれたことがあるのを思い出した。
そのとき送られてた画像はネットで拾ったものだとあとで解った。
結婚して実家に行って義両親に確認したら、「メダカしか飼ったことない」と言ってたので、
当時は私も「見栄張ってしまったのかな、可愛いな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、ウソつきは他人を欺くことを何とも思わずやれてしまうのだ。
もしこのまま結婚生活を続けたら・・・
- 常に夫への疑い(ウソや不倫)を持ち続けて毎日辛い、疲れる
- 常に家事をしてもらえない不満が溜まる
- 子供ができたりしたら家事と育児と仕事で確実にキャパオーバーになるのは自分だ
そう考えたら、
夫と別れて一人になることよりも、
離婚しないでなんとか頑張るほうが将来が暗いような気がしたのです。
それは、子供だけ作って慰謝料も養育費も払わない男というのが
世の中にゴマンといるのは解ってるからだ。
自分だけが夫と関係修復を出来て
夫が二度と私に嫌な思いをさせないか、というのは
あくまでも相手に委ねることになる。
私が確実に幸せになれるのは、
「わたしが、こうする。」という道を自分で選んでそれに向かうことでしか実現しないのだと確信した。。
離婚に向けての前準備①弁護士に無料相談
離婚はしよう、と決めた私がまず向かったのは、
弁護士の無料相談だった。
だいたい弁護士には30分だか1時間だか、無料相談というものがある。
そこで話を聞いて、弁護士がその仕事で慰謝料がどれくらい取れそうか、とか
わざわざその仕事を自分が引き受けるか、を決める機会だ。
私の相談を聞くやいなや、その弁護士には面倒臭そうにすぐ難色を示さた。
見てるだけで、『金にならない』という心の声が聞こえた。
と、暗黙のおしまい宣言をされてしまった。
やっぱり証拠が無いからか、、、と落胆していると、
そのときふと、小さい声で
「まあ、ご自身でやればできなくない・・かもしれませんが」と神のささやきが聞こえた。
弁護士がちょっとした情けをかけてくれたのか、
この結婚にかかった費用(自分の両親が数百万出していた)を一覧の項目にまとめ、
「これだけお金がかかってるけど、今は夫婦として成立していない」ということを訴え、
公正証書を自分で作れば、できるかもしれない
と、いうようなことをボソボソボソっと言ったのだ。
詳しく聞くことができないまま、
無料相談終了の時間がきてしまい、
結果的には門前払いという形だったけど、
私自身は『良い提案をもらえた!』と、その帰り道は妙にやる気に満ちていた。
離婚に向けての前準備②法律の確認
・こちらの負担費用の確認
まず、たまたまですが、ありがたいことに私の両親はこの結婚にたくさんのお金を使ってくれた。
ケチだった義両親とは違って、
金銭的余裕が無いアパレル店員の二人に、
新居の家具だったり、新婚旅行だったり、外食にもよく連れて行ってくれて、
私が子宮筋腫の手術をした際には、
家事ができないから外食やテイクアウトをしなさい、と生活費をくれたり。
普通なら旦那がやれっていう話だが。
そこまでしてくれた両親に本当に申し訳ない、と思ったからこそ、
本当に申し訳ないけど、
私は自分が我慢するのではなく、
自分が幸せにならないといけない、と強く感じました。
全部取りまとめたら1年半で400万円くらいだった。
早速それをWordで書面にしていった。
・離婚理由に不倫の証拠が無くても相手の非にできるのか
次に、不倫の疑いは90%だけど証拠が無い、どうするか。
これは法律で調べて、
こちらが努力したにも関わらず話し合いから逃げられる、
帰ってこないから物理的にもそれが出来ないという状況。
これは
「結婚生活の維持がされていない」という、相手の落ち度にできそうだ。
それで私が受けた精神的ショックはモラハラに該当する、とうことも確認した。
調べてる間も、感情はもうほとんど無かった。
悲しいけど、自分じゃない人を好きになったのであれば、受け入れるしかないからだ。
協力して生活ができるという信用ができなかったので子供も作らなかったし、
とにかく自分が冷静に判断を重ねたことが良い結果に繋がったと思う。
あとは論理的にしっかり相手への離婚条件や請求理由を明確に伝えて納得してもらうだけだ。
離婚に向けての前準備③公正証書を自分で作る
なかなか苦労したのが、公正証書。
一般的に、これは一般人が作るものでなく、
5万くらい払って行政書士にお願いするものだと言われるのだが、
実は『正確な条件内容と署名をもらったものであれば』自分で作ったものでも法的効果を持つのである。
書面にした内容としては
- 日付
- 離婚理由 (モラルハラスメントにより)
- 離婚に求める条件 (慰謝料の支払いで正式に離婚とする)
- 振込金額 (200万を一括で)
- 振込先 (自分の銀行口座)
- 署名欄
といった内容だ。
そして、私の両親が使った金額を提示し、
夫の身勝手から結婚生活が破綻したため、この結婚にかかった一部費用を返還してください、というテイで、
一般的な不倫の慰謝料相場である200万円を請求することにした。
これには重要なポイントがあり、必ず「離婚前に決める」ことが絶対に大事。
法的に夫婦じゃなくなってしまっていたら、逃げられたりしてしまうこともる。。
物理的にまだ逃げられない状態にあり、
「慰謝料を払うことで別れてあげる」といふうにすることで
不倫相手のところに行きたい気持ちをここに使うのだ。
離婚も二人のサインが要るので、それを切り札に交渉していく。
【離婚最大の修羅場】いざ、義両親も呼んで話し合い
準備は整った・・・長かった。
今思えば、仕事も冬のセールで忙しい日々で、深夜まで資料の作成、よくやれていた。
毎日仕事から帰ってパソコンに向かって法律を調べたり、
涙の一滴も流さず、無心で作業をした。
愚痴ったり泣いたりしてる暇無かった。
お金を取る、ということだけに全集中していた。
そうでもしてないといろんな感情がでてきてしまい、
一気に飲み込まれていたかもしれない。
話し合い当日は夫と、義両親が家に来た。
私の両親は、母は癌で闘病中で負担が重かったので来れなかったことと、
父は当日雪が凄くて私の家まで来れない状態だった。
私の家族はいない状態で、この話をしないといけないことに
尋常じゃない緊張が走ったのを今でも覚えている。
全てをきちんと説明をしたのだが、
案の定、金にケチな義父は「払う必要が無い!お互いが納得の離婚だろう!」と怒鳴っていた。
しかし彼の『考えたくない、逃げたい』という気持ちを知っていたので、
じゃあもう一度、これを踏まえて夫婦としてやっていく?私はどちらでもいいけど、そのための話し合いはするよ?
と言い、再度
「これは私が訴えたら勝てる案件だからね。でも今速やかに払ってくれればこれ以上揉めることないよ、どうする?」と聞きました。
毅然とした態度で揺さぶる。
というと、それも嫌だ・・・という顔をしている夫。
しかし義両親のいる手前、今までのように逃げることが出来ず、
何よりも、不倫の心当たりがあるからこそ、
不倫とされるよりはマシと思ったのか、
夫のモラハラということでその場で離婚を了承した。
最後は夫が慰謝料を貸してくれるよう、義父に頼み込み、
その内容で公正証書にサインと捺印ををさせ、
離婚届けもお互いサインをした。
公正証書は二人分作ったので、
一部相手に同じものを渡して、
期日内に一括で振り込みが無かったら然るべき機関に提出しますので、と言っておいたら
翌日無事に全額振り込まれた。
実際、弁護士にお願いしていたらここから弁護士費用が引かれていたはずなので、
自力で頑張ったことは本当に良かった、珍しく私が自分を褒めたたえた。
後日談。不倫の証拠が次々出てくる!
ところが後日、私がインスタをやってなかったのを良いことに、
何気なく何年ぶりにログインしてみたら、
夫と不倫相手とのラブラブ投稿がたくさん見つかりました。
さすがに怒りで震えました。
LINEで本人に確認したら「当時は身体の関係は持ってなかった」とか、必死に苦しい言い訳をしてたので、
さらに
「もしこれで子供でも出来たら証明できるから、もう100万くらい取れるよ、何も無いなら大丈夫だけど」と脅したら、
これも心当たりがあったのか、インスタ、ラインともにブロックされた。
そして後日すぐ子供が生まれて、私と別れたあと3か月後くらいにその子と入籍をしており、
そのあとすぐに子供のアイコンにしていた。
逆算すると、私との入籍期間に、もう身体の関係はあった、という一番の証拠が生まれてしまったのだ。
その後、私に散々怒鳴った義父が、
道でばったり会ったときに私に気づいてバツわるそうにたたずんでいた。
目を合わさないようにして、
「終わった・・・」と顔面蒼白でうつむいてるところを見ると
怒りが再燃して、あと100万取ってやろうかと思ったりしたが、
生まれてきた子供に罪は無い。
子供がかわいそうになったことと、
何より、もう慰謝料で終わりにするという気持ちしかなかったので、
それ以上追いかける体力が無かった。
もう、時間を使ってまともに相手にする人ではない、と思ったのである。
それから連絡は取りはしなかったものの、
彼のラインのアイコンはいつも娘の写真が、
義父のラインのアイコンはいつも孫が設定されており、
一見彼らも幸せに暮らしてるようだった。
ところが5年ほどたったとき、
そのアイコンは2人とも実家のペットや花に変わっており、
また離婚したという予想が付く・・・
因果応報。
不倫した男はまた不倫する、
結婚生活を「理性を持って、努力して上手くいかせよう」という考えがそもそも無いのだと解った。
だからどうにか、、
不倫してる女性も目を覚ましてほしい。
そんな男は金づるにして遊ぶのは良いけど、
奥さんと別れてあなたのところに来ても結局一緒だし、
奥さんも、我慢する必要が無い。
二人で利用して捨ててやればいいのでは、というのが私の気持ちだが、
世の中にはまだ不倫を楽しむ男女がたくさんいるのも、それもまた事実だ。
大事!慰謝料をきちんと貰うことで納得をして後悔も残らない
慰謝料を貰うと同時に、私はすぐ仕事を辞めた。
そのとき母が乳がんで闘病をしており、
残り時間が数か月の命である、と見えていた時期なので、
母にたくさん会いたい、という気持ちで、迷わずすぐ辞めた。
結婚生活をしていた家から引っ越しもして、
半年ほど、生活費も困らず、
独りで傷心旅行もした。
離婚から半年後、無事に母を見送ったあとも、
焦らずに仕事を探して、無事に社会復帰を果たした。
今思えば、あの慰謝料があったから、最後に私は母と家族と、大切な時間を悔いが無いように過ごせた。
ですから夫にも一応感謝してるし、
今は好きとも嫌いとも思わない。
離婚してからずっと苦しむ人は、
結局自分だけが損をしたような気持ちや、
謝罪をされてないという事実が
いつまでも根本にあって苦しいのではないか、と思う。
どうか、慰謝料の取りっぱぐれはしないように、しっかり貰って別れて欲しい。
不倫男から巻き上げたあぶく銭を派手に使うことで悲しみはある程度浄化されるし、
その後の人生で誰も恨まずに居ることがこんなに清々しいのだ、ということを伝えたい。
泣いても怒っても誰も助けてはくれない。
自分のために、賢く戦おう。